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おれたちみんな薬漬け


2025.09.27

何もしたくなくて死にたいのが、人間の本性かもしれないとも思う。

普段が何かしらからドパミンでラリって、何かをやりたくなってるだけ。

生きてるのは生きてるからだし、死んだら死ぬだけ。

それなら死にたくなるのが当然だよね。

でも、死にたいと思ったり、死ぬ瞬間は興奮してないから、それはつらい状態。

ダウナー状態に陥るループから脱するために死にたいのに、ダウナー状態にその瞬間とにかくなりたくないからと、またラリって生きていこうとする。

そうしたら、またつらくなるのにね。

明るく生きようっていうのは、ずっと心からラリっていようってことじゃん。

そんなのできるわけがない、内にも外にも棘だらけなのに。

いくらラリって荊棘を駆け抜けようが、体は疲れていくよね。

体が疲れたら心も疲れていくよね。

結局人間いつまでも死にたいんだよ。

生きていることを主軸に置くから「死にたい」がおかしく思えるだけで、普通だよ。

そう割り切れたらいいけど。

かなしいな、こわいな。

私がラリるための薬は何年分まであるだろう。

薬が効かなくなったらどうしよう。

そしたら死ぬんだろうか。

無ってとても心地よくて恐ろしい。

じゃあ病んでる人と病んでない人の差ってなんなんだよって思ったけど、上手くラリれるかってところだと思う。

特に、内発的インセンティブを持っている人が強い。

社会から与えられる、外発的なインセンティブ、つまり社会的地位を求める気持ちとか、そういうのって、一時は役立つけど、社会自体に興味をなくしてしまったときに全く無意味になる。

社会と関係なく自分の内から存在する向上心があれば、まだましかもしれない。

もっとも、これも自分自身に興味をなくせば意味がなくなるので、根本的解決ではない。

私は自分が嫌いだから。