本文へ移動
← Log

「エロい」なんて存在しない


2025.11.29

最近「エロ」って実は存在しないんじゃないかなーって思ってる。

これはこないだ言ってた欲求の話に繋がってる。

実際に何かをエロいと思ったことがある人は大勢いるだろうから、厳密には存在するんだろうけど、それは果たして本質的なものなのか?と疑問に思っている。

例えば、「喜怒哀楽」みたいな基礎的な感情に対して、エロというのはその応用なんじゃないか。

私は以前、自分の中のどうにもならない気持ちを、何かの欲求に置き換えているのではないかと述べた。

人は皆、そういう見当違いな欲求消化をして生きているんだと思う。

ストレスが溜まってるから爆食いする、みたいな。

ストレスが溜まっているならストレスの原因に対して何かを働きかけるべきであって、爆食いはストレスの原因を解消するものではない。

たしかに、一旦気分は落ち着く。

それは、食事というもので体を動かして、エネルギーを発散しているからだ。

動のあとには静がくる、つまり、食事をし終わったあとには落ち着くことができる。

人はそういう静の時間を求め、衝動に走っているのだ。

つまり性欲とはそういうもので、何かの気持ちを発散するために、それを性欲に置き換えて消化しているのだ。

でも、食事自体にも意味はあり、食べ物は美味しい。

そして、性欲にも同様で、「エロい」ものがある。

でも、本当にそうなのだろうか。

本当にそれはエロいのだろうか。

実は、その対象に対する別の感情を、エロに仕立て上げているのではないか。

つまり、可愛いとか、憧れるとか、かっこいいとか、なんでもいいけど、その対象に対しての感想が、エロに隠されているのではないか。

本当はその対象はエロいのではなく、別の意味で魅力的なのに、それに気付いた興奮を抑える予定を作るために、エロに置き換えてしまっているのではないか。

これはあまりにも大きな損失だ。

様々なコンテンツを何でもかんでもエロいエロいと言う人がいる。

それは豊かな感情表現の放棄であり、単一的な思考に自己を追い詰めることに他ならない。

実は、これは「エモい」と同じ状況にあるのである。

本当なら感じたことがたくさんあるはずなのに、それを表せなくてエモいと単純に表現してしまう。

だが、「エモい」は語彙力の問題なのでまだ良い。

「エロい」は、もはや何も考えずに「エロ」を受け取ってしまっている。

つまり意識的な部分での感想がエロいでしかなく、無意識に感じた感想が記号化されていないのだ。

そうなってしまうと、人は対象を真にエロいとしか思えず、それに対しての清純な感想を無くしてしまい、倫理観の消失にもつながる。

「エロい」も「エモい」も、対象を表現したものではなく、自分がどうなったかしか表していない。

つまり、エロいとは、対象を修飾する形容詞ではなく、自分が性的興奮したという事実を述べただけなのだ。

○○がエロいという語法で用いたいならば、もっと具体的な言葉で述べるべきだ。

それによって、自らをポルノ脳的な価値判断から抜け出させることができる。