正義を定義するのは難しい
2026.05.29
阿部監督の件、娘が即電話するなんて…って批判が多かったけど、やっぱり首掴んで投げ飛ばした人の見方をするのはおかしくない?
AIに従ったっていう点は疑問だけど、児童相談所の使い方としては間違ってはないと思う。
むしろ「1回殴られただけで電話するなんて」っていう意見は、自分の不幸をアピールしたいがばかりに、DV側と同じ思考になってしまってると思う。
1回でも何回でも、暴力は暴力なんだから、常習犯じゃないから許されるってわけでもないと思う、ここは強調しておきたい。
多分、この点で阿部監督を擁護している人は、「1回殴られて、電話した」と、「電話を受けた児相が即通報した」を混同してると思う。
一度逮捕される時点で職を失ったりするんだから、児相は段階を踏むべきだったというのも確かである。
警察に通報する決断をしたのは(娘によると)児相なので、「逮捕されるのになんで電話したんだ」という批判は通らないと思う。
そして、そういう批判をしないでくれ、と阿部監督が言うのも筋違いである。
通報するかどうかは通報者に委ねられているだけで、間違いなく暴力は犯罪だし、それに対して「逮捕されるのがおかしい」という理論を前提にした娘に対する擁護は、反省していないとも言える。
私は父親の暴力で二度警察を呼んでいて、頼るべき機関に頼ることは悪いことではないと思っている。
早期から公的機関を絡ませておくことで抑止力にもなると思っている。
この件で問題だったのは、児相が通報したことについての妥当性・警察が逮捕したことについての妥当性が明確でないこと、阿部監督が娘を擁護するような発言をして、ポジションを取りに行ったことである。
暴力は悪であるという前提に立って、そしてそれに対してどのような対応をするのが妥当であったのか、考え直す必要がある。
何が正義で何が悪なのかというのは、その人の倫理観によるから、統一的な見解を示すのは難しい。
だけど社会という一つの世界で生きている以上、そこは擦り合わせる必要があるので、倫理観を磨いていきたい。