自分にとって正しいだけ
2025.11.07
日本人の「無宗教」精神は、社会への迎合的意味を持つと思う。
宗教というのは、絶対的な真理を追求する。
信じればいいというのはある意味楽で、判断基準を設けることになる。
しかし思想を強く持つことは、ときに人とぶつかり合い、傷つけることになる。
だから日本人は宗教を避けた。
提唱する個人の宗教も同じだ。
自分は自分にとって正しいだけである。
だから、それを信じ込むことは絶対的には自分の利益にしかならなく、社会生活の上で周囲を必ず助けるわけではない。
信仰と社会的な営みは必ずしも利害が合致するものではなく、信仰を優先し過ぎることは社会への妨げになる。
その一例が宗教の押し付けによる二世問題や悪質勧誘だったり。
しかし、一方で社会に迎合し過ぎて信念たるものを持たずに生きるというのも、あんまりではないか。
それはつまり、社会規範というある宗教の中で生きているとも言える。
それが良いならいいが、社会にもまれて幸せですなんて人はそういないだろう。
社会規範と自分の考え方の上手いバランスの上で生きれたら良いと思う。