海に行こうよ
2026.04.21
時間というのは、本当に過去から未来へ続く一直線なものなのだろうか。
例えば「昨日○○してて…」という話をするとき、その人にとって後ろにある時間はその出来事があった時間だろうし、久しぶりにあった友達と話すとき、その人たちにとっての過去の時間は前に話したときのことだろうし、受験勉強をしている人にとって未来とは受験日のことだと思う。
最近どうも嫌な感じがするのは、友人と話したりゆっくり本を読んだりといった、心地の良い時間が私の以前に接続されていないからだと思う。
その一方で、今進むべき線は今-受験日の時間軸なのに、それに無理やり乗ろうとして乗れていない感じもある。
なのでどこにも接続されないその日暮らしの一日を過ごしてしまって、どうも気持ち悪いんだと思う。
その時間が心地よいものであればいいけれど、なんとなく不満を抱えながら一日を歩いて、終わってしまうということが物凄く恐ろしい。
私は想像上に心地の良い時間を持っているけれど、それが現実と接続されないままいつまでも時計が進んでいったとしたら、私はどうなるだろうか。
私はよく小学校の友達と遊ぶ夢を見るが、それもそうだ。
多分、想像しても二度と現れることはない時間なんだと思う。
随分私の人生は寂しくなってしまったなと思う。
楽しかった時間は現実から剥がれていって、いつか上手く繋がらなくなる。
世界は相対的だから、行く先を決めなければどこに歩いていくのか分からないな。
そんな愚痴を溢しても、明日も全ていつも通りなんだろうから、増々嫌になる。
ちょっと一日海に行こうよって、言ってくれたらな。